独りよがりの「正しさ」が蔓延っている( ゚Д゚)?
2025年10月25日 土曜日
今日も曇天(;´Д`)
ちょっと寒い
最近小さな地震が増えているように感じたので
浴槽に再び水を貯めることにした
いつも思うのだが
本本を出版しているから
有名な学者や研究者だから
支持する人が多い経済学の専門家だから
インフルエンサーだから
言ってることが正しいなんてことはない
時としてノーベル賞にさえ疑念を抱くこともある
「正しい」こと自体、定義はあいまいである
果たして「正しい」とは何を指すのか
大きくはaccurate(正確であること)と
right(道徳や法律にかなっていること)の
二つがある
つまり、間違っていない、事実に合っている
論理的に「正しい」こと
そして、道理・道徳にかなっていることの二つである
哲学的には「正しい」は絶対的ではなく
時代や状況によって変化するものである
「正しい」は文脈によって
事実に基づいている
論理的に筋が通っている
道徳的・倫理的に合致している
・・・等々様々な解釈になる
特に倫理的な文脈では
社会的な価値観や個人の信念によって
解釈は大きく異なっていく
そして科学の世界では基準により
何が正しいのかは大きな差を産む
中途半端な頭のいい人間にありがちな
「正しい」という概念は
残念ながら独りよがりのことも少なくない
辞書では
・事実や真実に合致していること
・規則や規範に合っていること
・道徳的に観て正当であること・・とある
果たして哲学や倫理学ではどうなのか?
・あらゆる状況で守られるべき普遍的な道徳法則
(カントの定言命法)
・行為がもたらす幸福や利益の最大化を重視する
功利主義(ベンサムやミルの考え方)
・相対的な正しさ
状況や時代、文化によって正しさの基準は変わる
・・・・ということらしい
社会一般では
合意された規範やルールによって形づけられる
規範としては、法律、社会制度、習慣など
社会の秩序を維持するために、合意されたルールに
従っていることが「正しさ」になる
社会の多くの人が支持する意見や行動が
正しいとみなされる(多数決の原理)
これは過去においても人間は多くの過ちを
繰り返してきたので多数派の人間がいつも
「正しい」とはいえない
(地動説が天動説を制圧してきた歴史など)
一方、科学や論理学ではより厳格に定義される
科学の世界では実感や観測で得たデータを
検証と反証が必要となる
コンピューターサイエンスではアルゴリズムが
仕様通りに動作する必要がある
「正しさ」は個人の信念が社会の規範と対立したり
倫理的な正しさが法律の正しさと矛盾したりする
常に正しいということはなく
正しさはいつも流動的であるということかもしれない
「何について正しいのか」
様々な視点から問い直す必要があるのではないだろうか
自分は正しいと信じ切っている人の世界観は
それ以上成長することがない
そして花の美しさや人の心の優しさに触れても
それに反応する心の容量も少ないのだろう
人間が不完全な生き物であること自体
完全な正義など存在しないように思うのは
私だけだろうか( ゚Д゚)?
※写真はウズベキスタン共和国
首都はタシケント
面積は日本の約1.2倍、人口は3700万人
公用語はウズベク語でロシア語も使われる
周囲はカザフスタン、キルギス、タジキスタン
アフガニスタン、トルクメニスタンで囲まれている
海に出るためには二つ場の国を横断しなければいけない
降水量が少なく西部には砂漠が広がっている
ソ連から1991年に独立した
かつてはシルクロードの中心地として栄え
古都にはイスラム建築が残っている
親日的な国で知られ、治安も比較的安定している
※8分
善き週末を(^O^)/