な~んちゃって見聞録

終活・見聞録。雑学

なんとかなるさ

2024年5月2日 水曜日



関東は肌寒い雨
さみだれというらしい
明日は晴れの予報
しばらくは五月晴れが期待できそうだ





たくさんのブログを拝見して
思うことがある


人生終盤のもんちっちと近い年代の方の
気持ちはなんとなく伝わって来る


将来が少し不安になり
老いていく現実が実際の問題として
のしかかって来る
どのように自分は死ぬのだろうかとか
これまでの人生
これでよかったのかなど
取り留めにないことを考えては消していく


50代にはまだすべきことが多くて
自分の人生の先など見通せなかった
子どもの心配事や自分の子育てへの後悔や
仕事や生計のことで自分の健康も二の次になる
失望もあるが、まだ希望は残っていた
だから厚顔のまま平気で生きて来た
自分は有能で何でもできるという万能感や
思い上がりの謙虚のなさで
傲慢なまま生きて来た気がする
壁に当たっては人のせいにし
自分を顧みることがなかった
また顧みたりしていたら
先には進めなかった気もする
生きにくさはすべて自分の行動の結果で
あることを認めることができなかった
そして苦しんだ
60代半ばまではそんな活動期である





70代はまだ経験していないので
なってみないとその気持ちはよくわからない
65を過ぎるころから始まる不安を
引きずったまま過ぎていくのかと思っている
おそらく65~70までの5年間は
とても苦しいような気がする
これからどうなるのかという不安と
まだいけるという気持ちとの間で翻弄される
貧富の差によらず命に関する思いは
多くの人に共通な思いではないだろうか



これから先どうなるのかなんて
誰にだってわからない
またわからないから希望を持って生きていける
明日がわかっていたら
自暴自棄になるか(笑)不安で夜も眠れない


晴れれば気分もよくなり
雨が続けば憂鬱にもなる


でも虚弱体質のもんちっちでも
入院したこともほとんどなく
大きな病気もせず生きて来れた
後先考えず暴飲暴食をし
好き放題して生きて来た
長生きなんてしたくなかったし
する気もなかった
だから内臓はボロボロだけど
あと数年は生きられると思っている
自分で自分の死期を予測できたのが
数年前
67と74の数字が浮かんだ
つまりあと1年半は元気でいられる
間違って生きたとしても74までには死ぬ
何の根拠もない数字である(笑)





思い返したところで
人生は取り戻せない
一回きりの片道切符だから


「if」を思い
たら・ればを考え
自分が輝いていたころを回顧する
過去を捨てろとか忘れろとか言うけれど
それは一概には言えない
囚われたりして後悔ばかりすることは
いいこととは言えないが
年を取れば少なからずかろうじて
過去の栄光の中で生きている
確かに棺桶に入れば金持ちも貧乏も
何の差もなくなる
命に終わりが来るのは貧富に関係なく
平等に訪れる
それまでのほんのわずかな時間
過去を忘れて捨て去って
心の中で今と未来の空間で
遊べることができたなら
それはきっといい冥途の土産になる(笑)



もう一度どこかでリセットできたとしたら
なんて考えては
ドラマの主人公になって想像する
あの時期に戻って同じことができるかと
問われたら
おそらくできないだろう
結局生まれ変わっても同じような人生を
送るような気がして空想をやめる(笑)


若いころなんであんなことができたのかと
考えると
今思うに「愛」だったのかなあと思う
若さゆえの勢い「情熱」だったりする
子どもへの愛、親への愛、愛するものへの愛


人は人間関係の中でほとんどのことを学ぶ
いくつになっても学べるはずなのに
年を取るごとに心が頑固になる(笑)
若造なんかに何がわかるかと高を括る


素直に学べると楽なのに
これまで生きてきて成功してきたことが
足枷や仇になる
自分だけが正しいという呪縛から
逃れられずに頑なに心をガードする
ガードしていないとあたかも自分の経て来た
人生までもが否定されてしまうような気がする
そんなことなんかないのに(笑)





70を過ぎても活気ある人は
自分を信じていて、人のことも信じている
与えられた愛にちゃんと気づいていて
自分以外の人にも与えたいと考えている
つまりしっかり子育てして世の中に
送り出している
そして育ててくれた親にも恩返しをして
看取り、供養をしている
子育ては生涯終わることはないが
後は子どもが自力で生きていけることを確認し
見切り?がついた時点で
やっと自分の「自由な旅」に出ている
平坦な道のりではなかっただろうが
これでよかったんだと自分の人生を心から
幸福だったと思っている


無駄のない質素な生活をし
身の丈の贅沢を楽しんでいる
子どもに迷惑をかけないようにと
老後のことも見通しを立て
自分の死後のことさえ計画を立ててある
そしてそんな親に育ててもらった
子どもはきっと親と同じように
生きていくのだろうなと
ムラゴンの人生の先輩から学んだ


世界一周の船旅に出た方がいるが
(もんちっちも今回のその船に乗る
予定だった)(笑)
はなのことがあり申し込みの締め切り
までには踏ん切りがつかなかった
南極のクルーズにも参加したかったが
今となっては体力も資金も
なくなってしまった(笑)
何が起こるかわからないのが人生
夢が夢で終わることは少なくない


踏みとどまることは迷いがあるから
年を取ってからは迷いがあるなら
留まるのがいいと思うようになった
しなくて後悔したことと
してしまって後悔すること二通りあるが
年を取るとしないで後悔したほうが
気持の負担は小さくて済む
若いうちはしてしまって後悔するのがいい


生きていて学ぶことは多い
いくつになっても学ぶことはある
おそらく死の直前まで
人は学び続けるものなのだろうと
70越えの先輩の生き方を見て
そう思うようになった


ま、もんちっちは
な~んちゃってと言いながら生きて来たから
きっとこれからもいい加減な生き方しか
できないと思うけど(笑)


なんとかなるさ


そう思って今日も昨日のように
生きていく(笑)




昨晩は面白いものを見たくて
「コント」を見ていた
※フランス語で寸劇のこと
風刺と機知に富んだ短い話
(フランスの哲学者ではない)(笑)


漫才の大御所といえば・・・




おもしろい 漫才 横山やすし 西川きよし ①


なんだか懐かしかった(笑)



志村けん×マツコデラックス Vietsub - Eng sub
※4分



コロッケ特選形態ものまね




連休は笑って過ごそう('◇')ゞ

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