陰謀論なんか吹き飛ばせ!
2025年1月18日 土曜日
☆阪神淡路大震災から30年
時がたつのは早い(本日は1月17日)
風化させることなく語り継いでいこう
被災した方たちの気持ちを考えると
本当に心が痛い
かけがえのない家族を失い
大切な仲間を失い
その悲しみははかり知れない
当事者ではなかった私も
今でこそ客観的に見ることができるが
共振性があるといわれていた木材家屋も
鉄筋が入ったコンクリートの高速道路も
容赦なく倒壊した
そして火事も多くの人を焼き殺した
前へ前へと進んでいこうと
お互いの気持ちを奮い立たせ
手を取り合って食いしばって
頑張ってきたのは想像に余りある
がれきを片付けた跡に
また新たな建物を建て
神戸も生まれ変わった
忘れてはならないと声高に言うほど
人は忘れてしまうものである
何が起こったのかを悲しみの記念の日に
思い起こすことで
亡くなった人々の犠牲の上に
今の幸せがあることを
忘れないようにしようと思う
さて、もんちっちが若かったころ
(今も若いが)(笑)
「陰謀論」をよく信じていた
テレビや新聞が主な情報源だったが
時代とともにSNSが普及して
誰もが情報の発信や受信が可能になった
最近ではフェイクニュースやデマや
陰謀論を信じる人が
増えているように感じる
これまで情報を積極的に調べようと
しなかった人たちが
受動的にSNSから情報を受け取り
中途半端に知識が増えるという
現象が起こる
陰謀論やデマを信じやすい人は
「努力家」という特徴があるらしい
努力家は、物事をなかなか諦めない
つまり「原因論」が「陰謀論」に変わる
ある犯罪が起こったときに
人は「原因」を求める
しかし、犯罪はたった1つの
明確な理由で起こるわけではない
刑事ドラマや小説なら
犯人の動機は明確であるが
現実はもっと複雑に絡み合っていて
どうしようもないと言えるほどの状況で
犯罪や事件は起こっている
つまりその「グレーゾーン」が
努力家には理解できない
つまり誰が悪いのか、何が原因なのか
悪者は誰かを明確にしないと気が済まない
そして「努力や根性が足りないから
彼らは悪いことをしたり間違いを犯すのだ」と
信じてしまう
努力家は、悪事を働く者は大岡越前などが
裁くことを期待する(ちょっと古いか)(笑)
だから陰謀論に絡め取られてしまう
自分たちの生活や日本の状況が
よくないのには裏側に悪者がいるのだと
思い込んでしまう
実際ありもしないでっち上げに「敵」を想定して
やっつけてくれるヒーローに期待する
そしてこれもネット社会が招いた悲劇でもある
陰謀論を信じやすい人は
中途半端にネットの情報を一切見ないか
逆にとことん情報を収集して
出ている情報の反論まで検証するかの
二者択一である
努力家が中途半端に情報を収集して
検証もせずに陰謀論者に反論する人を
「敵」とみなすのは危険である
これが熱くなれば「洗脳」状態になる
情報過多のこの時代、発信者の信頼性や
専門家の意見に耳を傾け
さらに「自分の頭」で判断する能力が
問われているのではないかと思う
今はどんな情報も
クリック一つで手に入る
中途半端に知識を得て
「なんでも知っている」は危険な判断である
それで済むのなら
何十年もかけて研究する人など
いらないことになる
医学情報をかじり取ってミニドクターに
なっている人をよく見かける
You tube を見ても
恐怖心や興奮や怒りをを煽るばかりの投稿が多い
ハリウッド映画も
一時はセックスと暴力で溢れていた
ありもしない事実を
あたかも真実のごとく発信し
受けるほうもそれを安易に鵜呑みをして
恐怖心を抱くのは時期早尚である
コロナのパンデミックのときも
ワクチンに陰謀論があった
(いまだに続いている)
人の遺伝子に作用するものだから副反応は
様々な形で出現するのは予想できた
何度も接種すれば、免疫力は極度に低下する
しかしワクチンで救われた人と
副作用で亡くなった人の比を考えれば
医療に貢献しなかったとは言い切れない
抗生物質一つをとっても
抗生剤に「勝てない」人は
生物学的に必ず出現する
素人が軽く「ググった」だけで
陰謀論に加担するのはいかに軽率かが分かる
同調圧力に弱い日本人にとっては
陥りやすい「罠」でもある
ホントに日本人は人がいい
だから騙されやすい(笑)
人を信じなさいと教わり
人を見たら泥棒と思えは「二重拘束」であるが
どちらも必要な教訓である
そして場に応じてどちらを選ぶかが
「教養」の差であると、もんちっちは思う
また陰謀論の発信者には「心の問題」を
抱えている人が多い
脳の性質や特性、経てきた環境要因などの
様々な要因が絡み合って、思考過程が
健全に機能していない場合が多いように感じる
受ける側も「罠」に囚われることなく
今日一日を楽しく生きることに
時間を費やすことが
心の健全を保ち
一番の幸せにつながるのではないかと
もんちっちは思う
※2024年1月13日の記事を引用
春はもうすぐそこまで・・・
心傷ついた天使と・・・病と闘う君へ贈る
Après la pluie vient le soleil.



