熟年離婚 なぜ女性は老後になると夫が嫌いになるのか

もんちっち

2025年2月8日 金曜日




長年苦楽を共にしてきた夫のなにげない言動に
苛立ちや腹立たしさを感じるようになる


なんであんなに自分本位なの?
私を気遣ってはくれないの?
そんな不満が募っていく


原因の一つに老後の役割の変化がある
若いうちは各々が役割を担いお互いに
忙しい時間を過ごす
妻は家事や子育てそして仕事に追われる
夫は外で働き一家の家計を支えた
しかし老後を迎えると状況は一転する


子どもたちは独立し
働く必要がなくなり
二人は家にいることが多くなる
夫は自由な時間を楽しもうと思う
しかしそれが妻のストレスの原因になっていく



妻から見れば
夫は家にいて何もせず
自分のことや家事さえも手伝ってくれない
ということになる


お茶を入れてほしい
あれを持ってきてくれないかなど
自分でできそうなことさえ
夫は妻に頼もうとする


妻は「どうして私ばかりが動いているの?
私はもう十分働いてきたじゃないの」・・と思う


人間は長い年月の中で
人に期待しすぎる傾向がある
そしてその願いがかなわないと
不満は怒りに変わり嫌悪感を生む



原因の二つ目に
共通の目標の喪失がある


若いころは夫婦は共通の目標に向かって
人生を歩んでいた
それは家庭を守り、子どもを育て
生活を豊かにすること


しかし老後にはその目標が喪失する
そして互いの存在が負担となっていく


夫はいつものように昔の話を繰り返す
それをうっとうしいと思う気持ちを捨てて
なぜだろうと考えると
夫の心の中には
「自分の存在を認めてほしい」という気持ちが
潜在している


人は誰もが自分を大切にしてほしいという
欲求を持っている


そのことに気づいて何とか歩み寄ろうとしても
相変わらず夫は注文が多いレストラン状態
妻が歩み寄ってはみても
「どうして夫は自分の辛さをわかってくれない」
のだろうかと眉間にしわが寄る


爆発して口論にり
「私はお手伝いさんじゃないのよ!」という妻と
「俺はずっとお前たちのために働いてきた!」
という夫との間に、以前よりも大きな溝ができる



老後において妻が夫を嫌いになる理由の三つめは
相手の真の姿が見えなくなることである


長い時間を共に過ごすと
相手に対して「こうあるべきである」と
決めつけてしまう


そして相手の真の感情や苦しみを
見逃してしまう


ふとした瞬間にほんの少し離れたところから
相手を見ると、とても孤独そうに見える
そしてお互いが同じ思いでいることが
単純な質問や、自分の本心を打ち明けることで
気づくことも少なくない


互いの行動や言葉が相手の心に影響を与え
その環境が築かれていく
だからまず自分が変わることで
相手を変えるしかないのである



・・・・などが老年後の夫婦離れのメカニズム
らしい






そこで市場調査?(笑)


熟年離婚の原因には


  1. 性格・価値観の違い
  2. 金銭感覚のズレ
  3. モラハラやDV
  4. 過去の異性関係や性的不満
  5. 義家との関係

これはもうこれ以上一緒にやっていけない
レベルのもののように感じる
もんちっちなら一つでも当てはまったら
即、逃げる(笑)


また熟年離婚は妻側からの申し立てばかり
ではなく、男性からの申し立ての場合もある


1.相手の性格を許容できない
2.気に入らないことがあるとイラつき
 夫をなじる、小馬鹿にする言葉を言う
3.家庭では夫より妻に主導権がある
 (決め事は妻が決める)
4.夫以外の男性を好きになったことがある
5.夫の実家との仲がよくない
6.自分の実家と仲がよく、実家に頼ることが多い
7.夜の営みを断固拒否している
8.夫が自分を抱いてくれないことに不満を持っている
9.セックスがないことに関して夫を責めたことがある
10.自分の中の「夫へのやさしさ」が
  結婚後失われた(少なくなった)と思う



なんだか年老いてまでこんなに気を使わなければ
いけないとは・・・
特に男性は熟年になっても性欲があることが
煩わしい(笑)



熟年になって再婚を求める女性も少なくないと
聞いたことがあるが
果たしてそれが幸せなのか・・・


単に孤独を埋めるための手段だったら
よく考えたほうがいい
経済的な理由なら
相手が介護が必要になったときに
看取るくらいの覚悟も必要である


もんちっちは結婚を悩む青年に話したことがある
「年老いた時、その人のおむつを交換して
 あげられると思うなら結婚するといい」と(笑)



愛は飾り物ではなく歳月をかけて
目に見えないとことで育てていくものである
しかしある日突愛が然消えてしまうこともある


もしこれ以上は無理だと限界を感じるのなら
お互い元気なうちに、人生を再スタートさせた
ほうがいいいように思う
(今でもそう思っている)





子どもの事情やお金のしがらみがあって
離婚できない夫婦もいいるだろう
申し訳ない気もするが
そんな人生でなかったことを
自分は幸せだったと心から思う


まあ、わがまま自由奔放のもんちっちは
結婚向きではない(笑)
破天荒で破廉恥な恋多き女が向いている(笑)




思うことは・・・
今も夫婦でいる人たちもいつか離婚の危機が
来た時にふと思い出してほしい


彼(彼女)は自分の人生の設計上のラインに
いるか、いないのか


いないとしたらそこには愛(慈悲)はない
愛のない時間を共に過ごすほどお互いに
空虚な人生はない


自分が愛した人を自由にしてあげる勇気も
必要な時がある
自分が大切なように相手も大切に思わないと
夫婦は破綻する


そして本物の夫婦には
自分の人生設計上のライン上に
お互いに年老いたときの互いの姿が
想像できる
想像できないとしたら自分が心から望んでいた
相手ではないということになる



年老いてしわくちゃになっても
本物の夫婦には愛がある








愛するーそれは互いに見つめ合うことではなく
一緒に同じ方向を見つめることであるー
(サン・テグジュペリ)



結婚生活は長い会話である
(ニーチェ)



しあわせはいつも自分のこころが決める
(相田みつを)




3回も失敗したもんちっちが
語るべき話ではなかった(笑)








もうすぐバレンタインデー♡

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