強烈だった三島由紀夫のドキュメンタリー映画
2025年5月26日 月曜日
もうじき梅雨入りのなるような
今日は肌寒い朝だ
いかたこさんのブログで紹介されていた
https://roobanonageki.muragon.com/entry/603.html
昨夜観た三島由紀夫のドキュメンタリー映画が
目覚めても頭の中に残っている
彼の歴史を知らぬから勝手に想像するが
彼の思考の中心には自分が戦争で
生き残ったことの罪悪感(死)と
相反する強烈なエロス、つまり生きることへの
性(サガ)を感じる
当時の愛人は丸山(美輪)明宏だったと記憶している
彼が究極の死に方を望んでいた
劣等感の表れは究極の美学としての文学で表現され
強い劣等感は彼の肉体をゴリラのように磨き上げた
彼の生き方はいかに美しく死んでいくかに
集約されていたように思う
彼は生きながらも常に死んでいたように感じる
自分の最高の死の舞台を作家という仮面の下に
忍ばせていた
全学連は何をしたかったのだろう
何を目標に世界をどう変えていきたかったのか
世代が違う私にはまったくわからない
中国の天安門事件のように民主化を求めた
学生運動ではないような気がする
三島は暴力を肯定している
そして当時の日本人を「地に足がついていない」
と評している
当時の学生も後期高齢者になり
社会的にも影響力を持つ立ち位置で
今の社会の原型を作ってきた
三島は右で全学連は左
そんな単純なことではなく
三島のこととは切り離して考えないと
本質が理解できないかもしれない
深堀するとどんどん闇にはまっていきそうだ
全学連の欠片がいわば革命派ともいうべき
民主主義に傾倒し左翼を作っていったという
ことはなんとなくわかった
革新、平等を重視して変革を追求する
反面それに反する右翼は
天皇を君主として崇め?伝統を重んじる
また国家の価値をその中に求める
自分は天皇崇拝もしないし
その文化や歴史を認めつつも
三島のように天皇万歳とは言えない
かといって日本の共産党や社会党のように
社会主義や共産主義を支持することもない
偏った思想は暴力の肯定につながるような気がする
三島は「地に足がついてない人間」と揶揄したが
私は中庸がいてもいいような気がする
右もいて左もいて真ん中もいる
そして社会はやじろべいのように
微妙にバランスを取りながら動いている
そしてそれが今の日本を
平和にしているような気がするのだが・・・