生きてさえいれば

2024年1月6日 土曜日



テレビから震災の報道が
ニュースに限局され始め
少しずつ日常へ誘う


私たちに今できることをして
自身の生活をも見直す時間


油断することなく
次なる災害に備えることは
メンタルを安定させることにもなる





金正恩からお見舞いの電報が来たって?
娘を後継者にするのか
前面に出してきているし
何を考えているんだろう??


この人ともんちっちは同じ誕生日
あの小泉元首相も、エルビスプレスリーも
デヴィッドボウイや、森英恵や
もんたよしのり、角川春樹等々


もんちっちは、ただの人だが.....(笑)






きれいな話



・なんか機械音痴の母がデジカメを買った。
どうやら嬉しいらしく
はしゃぎながらいろいろと写してた。
何日かしてメモリがいっぱいで
写せないらしく
「どうすればいいの?」って聞いてきたが
「忙しいから説明書読め!」と
つい怒鳴ってしまった。
「つまらんものばかり写してるからだろ!」
とも言ってしまった。
そしたら「・・・ごめんね」と一言。
そんな母が先日亡くなった。
遺品整理してたらデジカメが出てきて
何撮ってたのかなあと
中身を見たら俺の寝顔が写ってた・・・
涙が止まらなかった。



・俺んち母子家庭で貧乏だったから
ファミコン買えなかったよ。
すっげーうらやましかったな
持ってる奴が。
俺が小6のときにクラスの給食費が
無くなった時なんて
「ファミコン持ってない奴が怪しい」
なんて真っ先に疑われたっけ。
貧乏の家になんか
生まれてこなきゃよかった!って
悪態ついたときの母の悲しそうな目
今でも忘れないなぁ。
どーしても欲しくって
中学の時に新聞配達して金貯めた。
これでようやく遊べると思ったんだけど
ニチイのゲーム売り場の前まで来て
買うのやめた。
そのかわりに小3の妹にアシックスの
ジャージを買ってやった。
いままで俺のお下がりを
折って着ていたから。
母にはハンドクリーム買ってやった。
いっつも手が荒れてたから。
去年俺は結婚したんだけど
結婚式前日に母に
大事そうに
錆びたハンドクリームの缶を見せられた。
泣いたね、、。
初めて言ったよ
「生んでくれてありがとう」って。



・四歳になる娘が
字を教えてほしいといってきたので
どうせすぐ飽きるだろうと思いつつも
毎晩教えていた。
ある日、娘の通っている保育園の
先生から電話があった。
「○○ちゃんから
神様に手紙を届けてほしいって言われたんです」
こっそりと中を読んでみたら
「いいこにするので 
ぱぱをかえしてください おねがいします」
と書いてあったそうだ。
旦那は去年、交通事故で他界した。
字を覚えたかったのは
神様に手紙を書くためだったんだ…
受話器を持ったまま
私も先生も泣いてしまった。
「もう少ししたら、パパ戻って来るんだよ~」
最近、娘が明るい声を出す意味が
これでやっとつながった。
娘の心と、写真にしか残っていない旦那を思って
涙が止まらない。



どんなに辛くても
生きている意味はきっとどこかにあるはず
元気で、明日も生き抜きましょう!







しあわせという心地よさは
しあわせという心地よさは
誰かと分かち合ってこそ成立するのだと
生まれて初めて知った



人はね、どんなに悲しいことがあっても、
人はね、どんなに悲しいことがあっても、
どれほど絶望しても、
ひとつの感動や、ひとつの喜びや、
ひとつの恋で生きられるの



生きていなくちゃ
生きていなくちゃ、
悲しみや絶望は克服できないのよ。
生きて時間を前に進めないことには、
感動や喜びや恋に出会えないからね




生きてさえいれば♡

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